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No.651
2014/01/14 (Tue) 23:12:15

「うわ、お前それ、どうしたんだ?」
楸瑛を視るなり眼をパチクリさせて、グラウンド横の水道でばったり会った絳攸はそう言った。絳攸は前面にだけ大きなつばが付いた麦わら帽子に、ピンクチェックのラブリーなエプロンを身に付けている。手には大きな籠があり、鮮やかなとれたてトマトやキュウリが眼に痛いほど輝いていた。
理系クラスでテストをすれば学年一位の定位置を守り続けている絳攸は、入学前からその優秀さにオンボロ公立高校の教師陣を震撼させ、その揺れで建替え間近と四半世紀前から言われ続けている木造校舎の床が抜けたと噂が立つなど、何かと鳴り物入りの存在だ。そんな絳攸は、校舎ともども歴史ある新聞部でなく、英語弁論大会で全国大会出場経験がある英語部でもなく、理科室の設備が無駄に最大規模だと自慢される生物部や化学部でもなく、文化部らしからぬ暑苦しい勧誘の大合唱を涼しい顔で通り抜け、真っ直ぐに園芸部に足を踏み入れ、大観衆の中躊躇いなくその場で入部届を書いてみせたのだった。
適当な文化部に入ってサボろうという、という魂胆だとほとんど誰もが思った。しかし、絳攸の出席率は100%だ。
入部理由は謎とされているし、自作化学肥料の効果をこっそりと試しているなんていうやからもいる。だが楸瑛は知っている。
――だって、食べ物がもらえるんだぞ?
……そんな理由だ。残念ながら事実である。
「喧嘩か? ただでさえ暑いのに、ご苦労なこった」
ふう、と息を吐いて軍手の手で、額の汗を拭った後、軍手を脱いでエプロンのポケットにしまった。
真っ赤に腫れた頬を反射的におさえた楸瑛は苦笑した。そしたら皮膚がピリピリして顔をしかめた。差し出されたトマトは、洗ったばかりで水滴が眩しい。口の端が少し切れてるから、傷口を広げないように小さく噛みつけば、ぬるい果実が広がった。
「お前がやられるなんて珍しいな。いつもは口八丁で切り抜けるのに」
「それが待ち伏せされた上に、今の君じゃないけど両手が塞がってて。しかも持ってたのがアンプでさあ。学校のだし放り出して逃げるわけにもいかないから、もういいやと思って一発喰らった」
「馬鹿だろ」
「うん。今回は否定できない。アンプを守るための自己犠牲だったのに、二発目が飛んできて、ふざけんな、と思ってつい」
「つい?」
「アンプから手を離して――いや、そっと置いたつもりだったんだけど、やっちゃった」
「壊したのか」
無言こそすべての答えだった。
「お前、それでどうすんだ? そんな顔でアンプ壊しました、と軽音の顧問に言うのは拙いだろ?」
「私は文化祭の人数合わせで呼ばれただけなのに、災難だよね」
楸瑛にはまさに災難としか言いようがない。それも女難。
先日告白してきた同級生の姿がよぎった。
他校に彼氏がいたのだが、楸瑛のことが好きになって別れたのを、彼氏が逆恨みして殴りに来た、というのが今回の図式だ。直截的に楸瑛は何も悪くないと信じている。
「それでさ。相談なんだけど」
「あ?」
キュウリをシャリシャリと頬張っている絳攸は、変な声を出した。
「壊れたアンプ、直してくれない?」
「は?」
「君出来るだろ?」
「―――。吹奏楽部か」
痛む頬を気にしながら、楸瑛はにっこりと笑った。
一年前、吹奏楽部で肩身の狭い数少ない男子部員でなおかつ、管楽器ばかりの中で管轄が浮いてしまい、音とともにないがしろにされがちなコントラバスの部員が考えたある計画があった。その名もコントラバスエレキ化計画。目立たない音を目立たせよう、というものだ。
骨董品扱いされていたトランジスタラジオを使い、どこをどうやったかアンプをこしらえ、黒く微笑を浮かべたコントラバス奏者は、新入生歓迎会の場でカッコイイ姿を見せて、コントラバスパートを増やそうと思ったのだ。しかし秘密裏に進められた計画のため、ぶっつけ本番での音量調節に失敗し、演奏は台無しに。部員全員から総スカン、顧問からの大説教、その他教師と生徒から白い目で見られるという重い十字架を背負ったのだった。その部員は自分で改造した、と言い張り共犯者――アンプの製作者の存在は今でも謎とされている。
「彼は君のことは決して口を割らなかったけど、そんなことが出来るのは君、李絳攸くらいしかいないからね。報酬は豆腐一年分ってとこ?」
コントラバス奏者の実家は豆腐屋だ。
「品行方正な絳攸君の経歴に傷がついちゃマズい。ってことで、口止め料宜しく修理をお願いできないかな?」
シャリ、と。絳攸はキュウリを噛み切った。
「俺は別に内申なんて気にしてないから、その脅しは効果はないぞ」
「あらら。これはマズい」
アイドルの水着のポスターなんて絳攸はいらないだろうし、何がいいかなあ、と楸瑛はのんびりと考えていると。

「アイス10個でどうだ?」
「乗った!」
ちょうどキュウリを食べ終わった絳攸は麦わら帽子をかぶり可愛いらしいエプロンをつけ、野菜をかごに載せたものを持ったまま、軽音部の部室へ向かおうとしたから楸瑛は慌ててた。
「え、君その恰好で行くの!?」
「早くアンプを見せろ。直してやる」
見たくてうずうずしている絳攸の背中を楸瑛は追いかけた。

※ ※ ※
世間はめちゃくちゃ寒いというのに、文化祭ネタを書いてみました。
オチがない。いや、最近の読書傾向が丸見えですね。

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