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No.144
2012/02/09 (Thu) 21:58:12

お返事は2つ前の記事にて。

随分前に書いた連作予定だったネタの一話目を発見したので続きに置いておきます。



OPEN。
楸瑛は扉に斜めにかかった開店を示す木札に眼を止めた。


 
AROUND 3PM
 


 オフィス街から少し離れ、住宅地を出鱈目に進んで辿りついた行き止まり。楸瑛の困った弟の出現情報処理に向かった帰り道の出来ごと。脳に直接がんがん響くような笛の音を聞かされたせいで、場所に対する感覚が狂ったのだろう。酔っぱらいでものにふらふらした足取りと頭なのはどうしたことか。
 そこに辿りついたのは偶然のなせる技だった。
 視線の先にあるのは山小屋の様な二階建てで、この建物は不思議な店らしい。不思議だとからしいという表現を使ったのは何の商売をしているのかわからないからだ。商品の見本を置いてあるわけでもない。それどころか店の名前すら掛っていない。開店以外に宣伝なしのその姿勢に無謀と言うより挑戦的だと思った。商売っ気を全く感じさせない呆れが混じったすがすがしさがなせる気のせいか。はてさて最近はやりの住宅を改装した会員制の料亭かそれとも年寄りの道楽か――。
 そのまま通り過ぎるはずだった。はずだったのだ。
 でも鼻を掠めた苦く、香ばしく、吸い込んだ瞬間に体中に沁み入るような、それの正体はみょうちくりんな音楽を聞かされたせいで頭が痛い楸瑛が今一番必要としているものだった。
 何とも言えない魅力的な甘さに誘われるように楸瑛はドアノブに手を掛け、開けた。涼しげな鈴の音。濃厚な香りが強くなる。
 ドアの目の前、ショウウィンドウに並ぶのは、ケーキ。奥には小さいテーブルが数台並ぶだけの規模だが、香りが示した通り、そこは喫茶店だった。
 過度どころか宣伝をしてないせいか人は誰もいない。店員でさえ。
 引き返そうか、と諦めたちょうどその時。
「いらっしゃいませ」
 年寄りどころか落ち着き払った若い声が響く。奥から白い前合わせの調理服に身を包んだ長身の男が現れた。赤いスカーフが茶色、黒、白を基調にした店内に鮮やかに映える。
「本当に開いてたのか」
 ぽつりとこぼれた独り言は聞き咎められたか慌てて確認すると、訝しげな表情をのぞかせるばかりで。それに楸瑛が驚かされた。彼の顔が稀に見る造形だったからだ。もちろんめちゃくちゃ良い意味での。
 つまりはかっこいい。いやかっこいいと言うよりとんでもなく整っている。
「お好きな席にどうぞ。ご注文がお決まりになられたらお呼び下さい」
 疚しいことがないのに楸瑛は慌てた。
 透けるように白い肌、有り得ない様な銀髪。極めつけは紫色の瞳が射抜くように飛び込んできた。本当に血が通っているのだろうか、触れて確かめたくなる。
 見た目で圧倒されたのは初めての経験で、縫いとめられたように足が一瞬だけ止まったが、男が今日見ないように背を向けたので呪縛も同時に解けた。
「君、一人?」
「人手が足りないと思いますか?」
 自嘲や嫌味の無い口調。
 ――そして予感。
 小さいころに探検と称し近所を歩きまわったことを思い出す。あのわくわくした感覚が胸の底から湧きあがってきた。
 きっといい店に違いない。そんな高揚感が楸瑛の中にあふれる。
 悩ませていた頭痛はどこかに行ってしまったようだ。
 窓側の席を選び座る。見回すが本当に客一人いない。メニューではなくそれを楸瑛のために広げる彼を一瞥。
 きれいな顔はいつだって目の保養だ。その対象が今回は珍しいことに同性だっただけ。
 充実した休憩だと自覚するとますます機嫌が良くなった。
「コーヒーを一杯」
「ミルクは?」
「邪道だね」
 やはりというか営業スマイルを安売りしないタイプらしい。整った顔立ちなのだから笑顔の一つでも加えれば、暇を持て余した有閑マダムのアイドルにでもなれるのに。もっとも彼ならうっとうしがるだろうが。
今時珍しいサイフォンの水蒸気の音が心地よく、自然に煙草に手が伸びる。唇に咥え、ライターを右手に。
「灰皿を借りてもいいかい?」
「当店は禁煙です」
「そえは済まない。すっかり喫煙が癖なんだ。煙草と沸騰するような熱いコーヒーがないと朝が来ない」
 珍しく饒舌な自分さえも可笑しい。ああなんていい気分なんだ。
 煙草を箱に戻す間に、オーナーはそそくさとカウンターに戻りコーヒーの準備。余計な会話はしないタイプらしい。こんなことが想像通りで嬉しいなんて。
  コーヒーの温度も味も最高だ。何よりも彼の存在があるからこそなかなか刺激的な店。
「とても美味しかったよ。ごちそうさま」
「ありがとうございます」
 本当はもっと長居をしたかったが、タイムオーバー。実に残念だ。
「君の淹れるコーヒーが気にいった。また来るね」
 最後に微笑みかけてくれた気がして――。楽しくって仕方がない。
 コーヒーどころか彼を見た瞬間一目で落ちてしまった。
 
 名づけるならばそこは――。
 秘密の喫茶店。

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