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No.793
2014/11/13 (Thu) 00:11:18

「考えたんだけど。君との腐れ縁をやめようと思うんだ」
ポットから急須に熱湯を注ぐコポコポという音を発するのは、Yシャツの広い背中だ。腕まくりをして見える左手首を締め付ける、腕時計の黒い革のベルトが眩しい。
真っ白な大皿にレタスとミニトマト。表面をカリカリに焼いたベーコンと黄色と白のまあるいサニーサイドアップはブラックペッパーがかかっている。バターをたっぷりとつけたトーストの小麦の焦げた香ばしさが絳攸にはとても嬉しかった。
梅雨の、雨と雨と雨と雨と雨と雨の間にある奇蹟みたいな貴重な晴れの日の空気は程よく暑く、カーテンをふわふわと揺らす。
時間稼ぎと現実逃避。
朝のニュース番組は絳攸は学校に、楸瑛は会社に遅れないようにするために、時計代わりに惰性でつけていてる。いつの間にか星座占いが一位と最下位のみになっていた。――見逃した。エンターテイメントと化してしまった内容に絳攸は時折苦い物を覚えつつも、なんとなく自分の星座の順位を確かめずにはいられない。よかったらふーんと思うくらいだが悪かったらなんだよ、と心の中で本心ではない悪態をつく。それが今日は何位だったのか解らない。
ことんと置かれる大きなマグカップの中身は綺麗に澄んだ黄緑色だ。
パン食だろうと朝は緑茶、というのが年齢が離れた二人の共同生活の、沢山あるルールのうちの一つだ。
席に着いた楸瑛が両手を顔の前で合わせてただきます、と言ったから、絳攸も慌てて早口になりながらぼそっと続けた。
日々の挨拶はきちんとするし、朝食はどんなに忙しくても土曜でも日曜でも一緒に摂るし、相手の部屋に入るときは絶対にノックをする。そんな決まりがたくさんある。
バターをたっぷりとつけたトーストを渡されて、絳攸は受け取った。いつも通りその見た目だけで全細胞がよだれをたらしそうになる、いつもの朝なのに、白々しい空気がまぎれこんでいる気がして、それを飲み込みたくて、大きく齧り付いた、
「――それで、さっきの話だけど。いいかな」
トーストの朝食に態々ナイフとフォークを使う姿がキザったらしくて、眉を顰めたくなる。それが絵になるほど優雅で、格好つけるなよと思うと同時に、見惚れてしまいそうになるのも癪だった。
「腐れ縁、やめても」
うん、美味しい、と自画自賛する横で、バターの味が唐突に消えた。
「いいも悪いもない。聞いたって意味ないだろ。お前どうせもう決めてるんだから」
「うーん。まあそうなんだけどさ。ほら、私一人のことじゃないから、君にも確認を取らなきゃと思ったんだ」
「確認を取って? 俺がイエスと言えば堂々と出来るってだけだろ。そもそも腐れ縁をやめるっていう意味が解らん。はいお仕舞、でやめれるようなもなのか。それに俺がもしノーと答えたらどうするつもりだったんだ。あ、いい答えなくて。必要ない」
綺麗な所作の楸瑛に反発するように、半熟の目玉焼きを乱暴に潰した。白身にまだら模様の黄身が血液のように垂れていく。チクリ。痛い、痛い。
「つまり君は反対ってことでファイナルアンサー?」
苦笑する楸瑛に、絳攸はとてつもない虚しさを感じた。砂漠の中に見つけたオアシスが実は幻だったみたいな虚無感だ。
「――いい」
「え?」
「だから、いい。お前の好きなようにして」
しゃべりながらどんどん意地になっていくのを自覚して、冷静になれと言い聞かせても、制御が効かない。だから代わり子供っぽく頑なになっていくのを気付かれないように振る舞わなければならないことを肝に銘じた。
「腐れ縁をやめてもいいってこと?」
「何度も言わせるな」
「――そっか。うん。解ってくれてありがとう。君には迷惑をかけるかもしれないから、初めに謝っておく。ごめん」
大人の笑顔を見せた楸瑛は、トーストを頬張る。絳攸は一連の所作を見つめつつ、そのことに気付いて慌ててパンに齧り付いた。齧り付いて、横目で楸瑛をちらちら確認するくらいに、全身で気にしていた。
余裕しゃくしゃくの笑顔の前に見せた自嘲ともいえる表情。本当の楸瑛だ。絳攸でさえめったにみることの出来ない、本心を現した一瞬。いつもはそれを出させた自分が誇らしくて、そしてそんな楸瑛に触れることが出来て、得した気分になって嬉しかったのに。
――馬鹿野郎。そんな顔をするな。まるで。
プチトマトを頬り込んで、奥歯で潰した。
……まるで俺が何か悪いことをしてしまったみたいじゃないか。あいつが望んだ回答をしたはずなのに。
何かを間違えたみたいな気分にさいなまれた絳攸を置いて、楸瑛は会社へ行った。
フライパンや自分の食器はきれいに洗って。皿が片付かない絳攸を残して。
いつも楸瑛は絳攸の通学時間に合わせて家を出るのに、今日は一人でさっさと行ってしまった。
冷めてかたくなったベーコンを無理やり飲み込んで、絳攸は自分がショックを受けていることに気付いた。
置いて行かれたことに。そして今まで楸瑛が学生の自分に合わせてくれていたことに。気付かなかった自分に。そして変化に。
「――と、やばい。時間」
番組が変わろうとしていることに気付いた絳攸は、慌てて皿を洗って歯磨きをして身支度を整えて、リュックを背負って家を出た。歩いてもバスに間に合う時間だったが、急いでます、という体で走った。出ないと体が動きを止めてしまいそうだから、がむしゃらに走った。50m走を走る子供みたいに。
酸欠でずきずきする頭の中で、何なんだよ、と何度も繰り返す。
これが腐れ縁をやめるということなのか、と。
思っていたのと違う。腐れ縁をやめても、何も変わらないんじゃなかったのか。いつも通り、変わり映えのしない日常が待っていると思っていたのに。
違う。全然違う。
止めどない思考を振り払うように、スピードを上げて走ったのは、そうでもしなきゃ何かがあふれてきそうだったからだ。

次の日の朝、絳攸が目覚めると、楸瑛はもう行った後だった。朝の緑茶の代わりに、嗅ぎなれないコーヒーの香りに、絳攸の身体を乾燥した空気が流れた。
泣きそうになって初めて、絳攸は自分が傷付いていることに気が付いた。


※ ※ ※
久々サニサを書き足しました(苦笑)。
いやー、書きだすとまだかけるんだなあと。

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