※個人の趣味によるブログです。基本的に本を読んでます。
No.487
2013/06/17 (Mon) 23:12:21
十二時十分を回っているこのフロアに人はまばらだ。ランチで外に出るか、社員食堂で食べるか、談話室で弁当を広げるか、急いで食べて部活動にいそしむか、はたまた過眠を取るか。つまり昼休みを有意義に過ごしている社員が全体の八割といったところだ。
顧客に渡す資料を打ち込みながら、楸瑛はコンコンと咳をした。
午後一番の訪問に備えて準備中。昼飯抜きだが、どのみち食欲はない。
朝からもしかしたら、という予感があった。
ベッドから起き上がるときの違和感。関節の本当に気付かないほどの鈍痛と、動きがのろくなるという感覚。
倦怠感。
激しい運動をした後とは違う、粘りつくような重さを伴った疲れ、気怠さ。
風邪の引き始めという奴だ。
だとしても、だ。仕事は待ってくれない。少なくとも今日の訪問先は、楸瑛が出向かなければならないところだ。
「咳をしても一人」
ぽつりと呟けば、「弱っている時こそ人徳が露呈するな」と冷ややかさを伴った声が投げかけられた。
振り向けば野菜スティックを銜えた絳攸が傍らに立っていた。
気付かなかった。いつもなら気配で解るのに。
それなりに体調が悪いんだな、という再認識に苦笑が漏れた。
「いつもあんなに女子社員や後輩を侍らせているのに、いざ助けが必要な時に、周りに人がいない。そんなもんだ」
「おやおや。君がいれば十分だよ」
咳き込みながら言えば呆れられた。銜えていたキュウリを喰いちぎって、その歯形が残った方を楸瑛に向ける。
「どうせ後輩の前じゃ強がって咳の一つもしなかったんだろ。お前、要領がいいくせに何気に損な性格だな」
楸瑛がワイシャツの胸ポケットを探ろうとする手を絳攸は掴んで、代わりに何かを握らせる。そして口に少し冷たい物が押し込まれた。野菜スティックが入った容器を片手に、キュウリを銜えさせられた楸瑛が目を白黒させてると、絳攸は「どけ」と肩を押した。
「それ喰って薬でも飲んで少しは休め」
「でも資料がまだ途中――」
「俺がやっておくから、お前は少し横になってろ」
「―――」
絳攸がやると言ったらやる。そりゃもう見事な資料を作ってくれるだろう。それも楸瑛の意図を聞かずとも理解して、あるべきところにあるべき言葉が絶妙に添えられて。
キュウリをボリボリと噛んで嚥下して。野菜の水分がすっと吸収されるのが心地よかった。
「ありがとう。君の言葉に甘えて少し休ませてもらうよ」
席を譲って長椅子がある会議室で横になろう。片手をあげて絳攸は応えた。
使われていない会議室で野菜スティックを食べ終えた楸瑛は、過眠の前に一服、と思い胸ポケットを探ると――。
変だな、と思いつまみ上げたのは煙草の小箱ではなく茶色い瓶。
テレビで宣伝をしている風邪薬だ。
そして――これを期に禁煙しろ――とボールペンの走り書き。
「まいったなあ」
楸瑛は困ったように酷く優しく笑った。
顧客に渡す資料を打ち込みながら、楸瑛はコンコンと咳をした。
午後一番の訪問に備えて準備中。昼飯抜きだが、どのみち食欲はない。
朝からもしかしたら、という予感があった。
ベッドから起き上がるときの違和感。関節の本当に気付かないほどの鈍痛と、動きがのろくなるという感覚。
倦怠感。
激しい運動をした後とは違う、粘りつくような重さを伴った疲れ、気怠さ。
風邪の引き始めという奴だ。
だとしても、だ。仕事は待ってくれない。少なくとも今日の訪問先は、楸瑛が出向かなければならないところだ。
「咳をしても一人」
ぽつりと呟けば、「弱っている時こそ人徳が露呈するな」と冷ややかさを伴った声が投げかけられた。
振り向けば野菜スティックを銜えた絳攸が傍らに立っていた。
気付かなかった。いつもなら気配で解るのに。
それなりに体調が悪いんだな、という再認識に苦笑が漏れた。
「いつもあんなに女子社員や後輩を侍らせているのに、いざ助けが必要な時に、周りに人がいない。そんなもんだ」
「おやおや。君がいれば十分だよ」
咳き込みながら言えば呆れられた。銜えていたキュウリを喰いちぎって、その歯形が残った方を楸瑛に向ける。
「どうせ後輩の前じゃ強がって咳の一つもしなかったんだろ。お前、要領がいいくせに何気に損な性格だな」
楸瑛がワイシャツの胸ポケットを探ろうとする手を絳攸は掴んで、代わりに何かを握らせる。そして口に少し冷たい物が押し込まれた。野菜スティックが入った容器を片手に、キュウリを銜えさせられた楸瑛が目を白黒させてると、絳攸は「どけ」と肩を押した。
「それ喰って薬でも飲んで少しは休め」
「でも資料がまだ途中――」
「俺がやっておくから、お前は少し横になってろ」
「―――」
絳攸がやると言ったらやる。そりゃもう見事な資料を作ってくれるだろう。それも楸瑛の意図を聞かずとも理解して、あるべきところにあるべき言葉が絶妙に添えられて。
キュウリをボリボリと噛んで嚥下して。野菜の水分がすっと吸収されるのが心地よかった。
「ありがとう。君の言葉に甘えて少し休ませてもらうよ」
席を譲って長椅子がある会議室で横になろう。片手をあげて絳攸は応えた。
使われていない会議室で野菜スティックを食べ終えた楸瑛は、過眠の前に一服、と思い胸ポケットを探ると――。
変だな、と思いつまみ上げたのは煙草の小箱ではなく茶色い瓶。
テレビで宣伝をしている風邪薬だ。
そして――これを期に禁煙しろ――とボールペンの走り書き。
「まいったなあ」
楸瑛は困ったように酷く優しく笑った。
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