※個人の趣味によるブログです。基本的に本を読んでます。
No.435
2013/04/07 (Sun) 23:28:50
お返事はひとつ下にあります。ありがとうございます!
この話の前の話はこちらです。
==========
迅が言った通り、少しすると本当に雲行きが怪しくなってきた。
あっという間に暗くなる。そして額に雨粒の冷たい刺激を受けた、と思ったら一気に土砂降りに変わった。
東京みたいに舗装された道が少ない。慣れない砂利道を迅と並んで走っていられたのも雨が降り始めるまでだった。
足を取られてつんのめることで転ばずに堪えた。
僕が躓いたことに気付かない迅の背中が遠ざかろうとしている。
「迅ー!」
走りながらあわてて大声を張り上げる。このザーザーという雑音塗れの中では聴こえているか心もとない。だが、迅はしばらくしてから振り返った。
チューニングに失敗したラジオの音声か遠い電話みたいな詰まった声で「大丈夫か」と聞こえて、大きく頷きながら直ぐに追いついた。都会っ子と呆れられたくない。
濡れた服が張り付いて動きづらいのと、冷たい雨によって体力が奪われる。人通りが少ない暗い道。これは結構恐怖だ。息を切らして示し合わせたように僕と迅はのろのろ走りを辞めて歩き出した。
ようやくアスファルトの道に出て、ほっと胸を撫で下ろす。
「お前、家はどこだ?」
町の名前と番地と近くの蕎麦屋の名前を答えると、「ふーん」と何か含んだ感想ともつかない関心の仕方をしたのが気になる。舗装がしてある区画。周りには大きい家が多いところに住んでいるからだろう。すこしちくりとした。
「それならこの道を真っ直ぐ行って床屋がみえたら次の道を右に曲がれ。突き当りを今度は左。空き地を通り過ぎて直ぐに右手に待ち合わせの神社がみえる。神社の方に進め。そうするととんでもなく大きい家が一軒ある」
「大きな家?」
「見ればわかるが、あまりジロジロ見ない方がいい」
「何故?」
「知るか。近寄るなって親から言われてるだよ。そこらその蕎麦屋がみえるから、あとは自力でたどり着けるだろう」
僕は引っかかりながらも頷いた。蕎麦屋が解れば大丈夫だという自信がある。
迅に礼と「風邪引くなよ」とお互い言い合って、別れた。
てくてくと歩くと床屋があって、ほっとした。迅の言葉を思い出しながら、右に左に曲がっていく。とんでもなく大きな家、と言っていたのはこれか。立派な門と塀。
ふと、迅が言葉を濁したことを思い出した。近寄るなと大人に言われている家。
普通の大きな家だ。ジロジロ見るなと言われたら見たくなってしまうのは仕方がない。何かあるのかと好奇心を刺激される。大人たちはそんなことも解らないのだ。
でも。閉ざされた門の他は何も見えない。
「なーんだ」
塀がどこまでも続く屋敷という以外は何の変哲もない。
興ざめ。
僕はザーザーの雨の中ぽつりとつぶやいて、小石をけるように右足を少し浮かせた。
さて、このままじゃ風邪をひきかねないぞ。門を通り過ぎた。
「何がなーんだなんだ、坊主」
背中から突然声が降ってきて、僕はとんでもなく驚いた。
ポタリ、と髪の毛から滴が垂れる音を聞いた。おかしいだろう。あんなにうるさかった雨音が静まり返ったようだ。目はしっかりと土砂降りを捕えているのに。
きょろきょろと周囲を見回すが何にもない。
「き、気のせい?」
「なわけあるか」
「う、うわあ!」
くっくっくという笑い声の後、僕の周りの雨が止んだ。
振り返ると曇り空のような銀鼠が一面に広がった。顔を上げればガラス玉のような双眸と目が合った。海老茶の傘をさした男が面白そうに見下ろしていた。男が着る着物と同じような髪の色をした、色の白い酷く作り物めいた男だ。変だ、と初めは思った。その後、男が酷く整った顔をしているからだと気付いた。
「坊主、酷いありさまだな。風邪ひくぞ」
「え、ええああ…」
銀鼠の向こうに開かれた門と点々とした御影石がみえる。この家の住人か、という僕の思考回路を読んだように「離れの居候だ」と男は言った。落ち着いた声なのに、雨音にもかき消されず耳に心地よく届く。
「とにかく入れ。しかしそっとな。見つかったらおれが怒られる」
男が唇に人差し指を当てて、反対の手で背中を押す。自然と足が門の中へと吸い込まれた。
推す力はさして強くないのに、何か見えない力に動かされるように、何かに操られるように、僕の足が――身体はまるで機械仕掛けの人形のように――それにしては滑らかに御影石をいくつも越えていった。
離れに住んでいるというのは本当らしい。
僕が通されたのは豪邸と呼ぶにふさわしい母屋とは別の、小さな御堂みたいな建物だった。
銀鼠の男は濡鼠の僕に「ちょっとそこで待ってろ」と言う言葉と石鹸の臭いがするふわふわのタオルを渡してい姿を消した。
言われた通り、部屋に入る。壁の一面は障子が引いてあり、その向こうは縁側。対面は出入り用のの障子。残りの二面の片方は、備え付けの棚に本がびっしりと詰まっていて、その前に置かれた文机と、畳の上にも本が積まれている。もう一方には場違いな鮮やかな着物がかけられている。
男が門前で唇に手を当てたことを思い出した。背中に受けた男の手の感触を思い出した。
妙に艶めかしくて、くらりとする。
独特のインクの臭いや古い本のカビ臭さの他に、形容しがたい脂臭さ――脂粉のようなにおいがあって、息が詰まりそうになった。
暗い部屋。他人の家だから勝手に電気をつけていいのか迷った。机の上のランプくらいならいいかな、お金持ちだろうし、なんて考える。
冷えてきたから少しでもマシか、と濡れたタオルにくるまっていると、「こんな暗い部屋で何してるんだ。泣いてるのか?」と頭上からからかいの混じった声がふってきた。
「泣いてなんかない。ちょっと物思いにふけっていただけだ」
「はっはっは。物思い、か。面白い坊主だな」
くしゃりと髪をかきまぜられた。明かりがともる。
「ほら、坊主これに着替えろ。風邪ひくぞ」
そう言って放り出されたのは、少し大きい白い木綿のシャツだった。身体が冷えてきたから素直に着替えようと濡れた自分の服に伸ばした手を一旦止めた。
「その坊主と言うのやめてくれませんか」
「坊主だから坊主と言って何が悪い」
「僕には藍楸瑛という名前があります」
男はニヤリと笑って「絳攸だ」と言った。きょとんとしているとますます笑みが深まった。
「名乗られたからにはこっちも名乗り返さないと礼儀知らずになるからな」
「おじさんの…名前、ですか?」
男は思いっきり肩を落とした。
「俺はおじさんじゃない! 俺はまだ高校生だぞ!」
僕は目いっぱい驚いた。僕と五六歳しか違わないのだ。
「ほら、無駄口叩かずにとっとと着替えろ。それとも一人じゃ着替えられない坊やなのか? だったら脱がせてやろうか?」
妖しげに目を細めれたから僕は慌てて濡れた服を脱ぎ捨てて、新しい物に腕を通した。見られてる、と思ったが男は――絳攸はいつの間にかどこかへ行っていた。少し心細いような変な感覚を首を振って振り払う。なんかおかしなことになっていると今更気づいた。
「おい、水滴をばらまくな」
楸瑛、と付け加えられた声が、耳朶を震わせた。
男は畳の上にお盆を置き、僕が畳が濡れないようにと板敷の縁側に置いたタオルを持ってきて跪く。
「ちゃんと拭け。髪の毛から風邪をひくぞ」
頭にふわりと被せられ、少し乱暴に髪の毛を揉まれる。顔が近い。整った顔に胸がどきりとする。僕の髪に向けられた真剣な目。ふと視線が合わさった瞬間、思わず息を止めた。顔が熱い。変だ。僕は変だ。頭に血が上る。
絳攸は気付かなかったのか再び僕の頭に目を向けた。力が抜けた。へたり込みそうになるのを耐えて、それでもちらちらと絳攸の顔をのぞき見た。
「ほらもういいぞ」
そう言って離れていくのはほっとするのと同時に何か寂しかった。
「これは?」
畳に置かれたお盆からは湯気が出た取って付きのグラスがあった。何か変な――漢方薬みたいな匂いがするから、思わず眉をしかめた。
「ホットコーラだ」
「え? 何それ?」
「だから温めたコーラだ。お前のものだ」
「ええー! こんな変なもの絶対嫌だ。飲みたくないよ!」
不機嫌顔でちっと舌打ちされた。この人怖い。
グラスを持ち上げて眼前に突き付けられる。
「つべこべ言わずに飲みやがれ!!」
物凄い勢いと迫力に、負けた。受け取ってちびちびと飲む。マズイ。うえーと舌を出していると睨まれたからせっせと少量ずつ飲み下していった。
美味しくなかったが身体がポカポカしてきた。
「温まったか?」
こくりと頷くと、僅かだが目じりが下がった気がした。優しい笑顔に思えて、心が温まり熱くなった。
「ありがとう、絳攸」
名前を呼ぶのは少し勇気が必要だったが今度はそれと解るほどに微笑深くなったから、思い切ったかいいがあった。
なのに。
「もう雨も弱まったな」
綺麗な横顔を向けた絳攸が呟いたその言葉が僕の心に刺さった。もう帰らなければならない。
「確認するが、お前、家までの道はわかるのか?」
迅にも同じことを訊かれた。迅はともかく僕は雨の中迷子になった子供だと思われていたのか。
「解ります」
「そうか。なら一人で帰れるな」
うなづく以外に道はなかった。
すまないが裏口から出ていってくれ、と言う絳攸の傘に入れてもらう。
勝手口の前で屈んだ絳攸に手を取られて、えび茶色の傘の柄を握り込まされた。
「え? あなたは?」
「俺はいい。もう小雨だし平気だ」
「ありがとうございます。直ぐに返しに来ます」
「いや、いい。その傘はお前にやる」
それでは口実がなくなってしまう。僕はいったんきゅっと結んだ唇を勇気を出して開いた。
「また、来てもいい?」
絳攸はこたえなかった。静かな苦笑とも取れない表情を浮かべて、見送ってくれた。
僕は後ろ髪をひかれるように、少し歩いては何度も振り返り、を繰り返す。一回目は絳攸はまだいた、二回目はもう背中を向けていて、三回目には銀鼠色の着物の裾しか見えなかった。
なぜこんなところに、という疑問ついに口にできなかった。
*****
何が書きたいのか解らなくなりました。出会いのシーンらへんが書きたかったのは確かのですが。
子供楸瑛と大人絳攸。
なんだか谷崎潤ちゃん(潤一郎)のナントカって話みたいになりました。谷崎潤ちゃんの小説は妖しさと色気があります。といってもあまり読んだことは無いけれど。
この話の前の話はこちらです。
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迅が言った通り、少しすると本当に雲行きが怪しくなってきた。
あっという間に暗くなる。そして額に雨粒の冷たい刺激を受けた、と思ったら一気に土砂降りに変わった。
東京みたいに舗装された道が少ない。慣れない砂利道を迅と並んで走っていられたのも雨が降り始めるまでだった。
足を取られてつんのめることで転ばずに堪えた。
僕が躓いたことに気付かない迅の背中が遠ざかろうとしている。
「迅ー!」
走りながらあわてて大声を張り上げる。このザーザーという雑音塗れの中では聴こえているか心もとない。だが、迅はしばらくしてから振り返った。
チューニングに失敗したラジオの音声か遠い電話みたいな詰まった声で「大丈夫か」と聞こえて、大きく頷きながら直ぐに追いついた。都会っ子と呆れられたくない。
濡れた服が張り付いて動きづらいのと、冷たい雨によって体力が奪われる。人通りが少ない暗い道。これは結構恐怖だ。息を切らして示し合わせたように僕と迅はのろのろ走りを辞めて歩き出した。
ようやくアスファルトの道に出て、ほっと胸を撫で下ろす。
「お前、家はどこだ?」
町の名前と番地と近くの蕎麦屋の名前を答えると、「ふーん」と何か含んだ感想ともつかない関心の仕方をしたのが気になる。舗装がしてある区画。周りには大きい家が多いところに住んでいるからだろう。すこしちくりとした。
「それならこの道を真っ直ぐ行って床屋がみえたら次の道を右に曲がれ。突き当りを今度は左。空き地を通り過ぎて直ぐに右手に待ち合わせの神社がみえる。神社の方に進め。そうするととんでもなく大きい家が一軒ある」
「大きな家?」
「見ればわかるが、あまりジロジロ見ない方がいい」
「何故?」
「知るか。近寄るなって親から言われてるだよ。そこらその蕎麦屋がみえるから、あとは自力でたどり着けるだろう」
僕は引っかかりながらも頷いた。蕎麦屋が解れば大丈夫だという自信がある。
迅に礼と「風邪引くなよ」とお互い言い合って、別れた。
てくてくと歩くと床屋があって、ほっとした。迅の言葉を思い出しながら、右に左に曲がっていく。とんでもなく大きな家、と言っていたのはこれか。立派な門と塀。
ふと、迅が言葉を濁したことを思い出した。近寄るなと大人に言われている家。
普通の大きな家だ。ジロジロ見るなと言われたら見たくなってしまうのは仕方がない。何かあるのかと好奇心を刺激される。大人たちはそんなことも解らないのだ。
でも。閉ざされた門の他は何も見えない。
「なーんだ」
塀がどこまでも続く屋敷という以外は何の変哲もない。
興ざめ。
僕はザーザーの雨の中ぽつりとつぶやいて、小石をけるように右足を少し浮かせた。
さて、このままじゃ風邪をひきかねないぞ。門を通り過ぎた。
「何がなーんだなんだ、坊主」
背中から突然声が降ってきて、僕はとんでもなく驚いた。
ポタリ、と髪の毛から滴が垂れる音を聞いた。おかしいだろう。あんなにうるさかった雨音が静まり返ったようだ。目はしっかりと土砂降りを捕えているのに。
きょろきょろと周囲を見回すが何にもない。
「き、気のせい?」
「なわけあるか」
「う、うわあ!」
くっくっくという笑い声の後、僕の周りの雨が止んだ。
振り返ると曇り空のような銀鼠が一面に広がった。顔を上げればガラス玉のような双眸と目が合った。海老茶の傘をさした男が面白そうに見下ろしていた。男が着る着物と同じような髪の色をした、色の白い酷く作り物めいた男だ。変だ、と初めは思った。その後、男が酷く整った顔をしているからだと気付いた。
「坊主、酷いありさまだな。風邪ひくぞ」
「え、ええああ…」
銀鼠の向こうに開かれた門と点々とした御影石がみえる。この家の住人か、という僕の思考回路を読んだように「離れの居候だ」と男は言った。落ち着いた声なのに、雨音にもかき消されず耳に心地よく届く。
「とにかく入れ。しかしそっとな。見つかったらおれが怒られる」
男が唇に人差し指を当てて、反対の手で背中を押す。自然と足が門の中へと吸い込まれた。
推す力はさして強くないのに、何か見えない力に動かされるように、何かに操られるように、僕の足が――身体はまるで機械仕掛けの人形のように――それにしては滑らかに御影石をいくつも越えていった。
離れに住んでいるというのは本当らしい。
僕が通されたのは豪邸と呼ぶにふさわしい母屋とは別の、小さな御堂みたいな建物だった。
銀鼠の男は濡鼠の僕に「ちょっとそこで待ってろ」と言う言葉と石鹸の臭いがするふわふわのタオルを渡してい姿を消した。
言われた通り、部屋に入る。壁の一面は障子が引いてあり、その向こうは縁側。対面は出入り用のの障子。残りの二面の片方は、備え付けの棚に本がびっしりと詰まっていて、その前に置かれた文机と、畳の上にも本が積まれている。もう一方には場違いな鮮やかな着物がかけられている。
男が門前で唇に手を当てたことを思い出した。背中に受けた男の手の感触を思い出した。
妙に艶めかしくて、くらりとする。
独特のインクの臭いや古い本のカビ臭さの他に、形容しがたい脂臭さ――脂粉のようなにおいがあって、息が詰まりそうになった。
暗い部屋。他人の家だから勝手に電気をつけていいのか迷った。机の上のランプくらいならいいかな、お金持ちだろうし、なんて考える。
冷えてきたから少しでもマシか、と濡れたタオルにくるまっていると、「こんな暗い部屋で何してるんだ。泣いてるのか?」と頭上からからかいの混じった声がふってきた。
「泣いてなんかない。ちょっと物思いにふけっていただけだ」
「はっはっは。物思い、か。面白い坊主だな」
くしゃりと髪をかきまぜられた。明かりがともる。
「ほら、坊主これに着替えろ。風邪ひくぞ」
そう言って放り出されたのは、少し大きい白い木綿のシャツだった。身体が冷えてきたから素直に着替えようと濡れた自分の服に伸ばした手を一旦止めた。
「その坊主と言うのやめてくれませんか」
「坊主だから坊主と言って何が悪い」
「僕には藍楸瑛という名前があります」
男はニヤリと笑って「絳攸だ」と言った。きょとんとしているとますます笑みが深まった。
「名乗られたからにはこっちも名乗り返さないと礼儀知らずになるからな」
「おじさんの…名前、ですか?」
男は思いっきり肩を落とした。
「俺はおじさんじゃない! 俺はまだ高校生だぞ!」
僕は目いっぱい驚いた。僕と五六歳しか違わないのだ。
「ほら、無駄口叩かずにとっとと着替えろ。それとも一人じゃ着替えられない坊やなのか? だったら脱がせてやろうか?」
妖しげに目を細めれたから僕は慌てて濡れた服を脱ぎ捨てて、新しい物に腕を通した。見られてる、と思ったが男は――絳攸はいつの間にかどこかへ行っていた。少し心細いような変な感覚を首を振って振り払う。なんかおかしなことになっていると今更気づいた。
「おい、水滴をばらまくな」
楸瑛、と付け加えられた声が、耳朶を震わせた。
男は畳の上にお盆を置き、僕が畳が濡れないようにと板敷の縁側に置いたタオルを持ってきて跪く。
「ちゃんと拭け。髪の毛から風邪をひくぞ」
頭にふわりと被せられ、少し乱暴に髪の毛を揉まれる。顔が近い。整った顔に胸がどきりとする。僕の髪に向けられた真剣な目。ふと視線が合わさった瞬間、思わず息を止めた。顔が熱い。変だ。僕は変だ。頭に血が上る。
絳攸は気付かなかったのか再び僕の頭に目を向けた。力が抜けた。へたり込みそうになるのを耐えて、それでもちらちらと絳攸の顔をのぞき見た。
「ほらもういいぞ」
そう言って離れていくのはほっとするのと同時に何か寂しかった。
「これは?」
畳に置かれたお盆からは湯気が出た取って付きのグラスがあった。何か変な――漢方薬みたいな匂いがするから、思わず眉をしかめた。
「ホットコーラだ」
「え? 何それ?」
「だから温めたコーラだ。お前のものだ」
「ええー! こんな変なもの絶対嫌だ。飲みたくないよ!」
不機嫌顔でちっと舌打ちされた。この人怖い。
グラスを持ち上げて眼前に突き付けられる。
「つべこべ言わずに飲みやがれ!!」
物凄い勢いと迫力に、負けた。受け取ってちびちびと飲む。マズイ。うえーと舌を出していると睨まれたからせっせと少量ずつ飲み下していった。
美味しくなかったが身体がポカポカしてきた。
「温まったか?」
こくりと頷くと、僅かだが目じりが下がった気がした。優しい笑顔に思えて、心が温まり熱くなった。
「ありがとう、絳攸」
名前を呼ぶのは少し勇気が必要だったが今度はそれと解るほどに微笑深くなったから、思い切ったかいいがあった。
なのに。
「もう雨も弱まったな」
綺麗な横顔を向けた絳攸が呟いたその言葉が僕の心に刺さった。もう帰らなければならない。
「確認するが、お前、家までの道はわかるのか?」
迅にも同じことを訊かれた。迅はともかく僕は雨の中迷子になった子供だと思われていたのか。
「解ります」
「そうか。なら一人で帰れるな」
うなづく以外に道はなかった。
すまないが裏口から出ていってくれ、と言う絳攸の傘に入れてもらう。
勝手口の前で屈んだ絳攸に手を取られて、えび茶色の傘の柄を握り込まされた。
「え? あなたは?」
「俺はいい。もう小雨だし平気だ」
「ありがとうございます。直ぐに返しに来ます」
「いや、いい。その傘はお前にやる」
それでは口実がなくなってしまう。僕はいったんきゅっと結んだ唇を勇気を出して開いた。
「また、来てもいい?」
絳攸はこたえなかった。静かな苦笑とも取れない表情を浮かべて、見送ってくれた。
僕は後ろ髪をひかれるように、少し歩いては何度も振り返り、を繰り返す。一回目は絳攸はまだいた、二回目はもう背中を向けていて、三回目には銀鼠色の着物の裾しか見えなかった。
なぜこんなところに、という疑問ついに口にできなかった。
*****
何が書きたいのか解らなくなりました。出会いのシーンらへんが書きたかったのは確かのですが。
子供楸瑛と大人絳攸。
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