※個人の趣味によるブログです。基本的に本を読んでます。
No.530
2013/08/03 (Sat) 16:24:11
見直してないので、ええと誤字脱字等があるやもしれませぬ。
*****
絳攸は天幕中で煌煌と明かりを照らし、足を崩して脇息に寄りかかりながら行儀悪く饅頭を貪りながら、片手に書を携え目を通していた。文字が松明の落とす強い光と陰で自在に伸縮して読み辛いのも気にせず、大口を開けて饅頭を再び頬張り、もぐもぐと口を動かした。
戦中の本陣にあって、文官の絳攸の仕事は実は多い。
戦後の論功行賞のため戦功を調べ上げるのはもとより、参謀として作戦を立て補給を管理し、情報収集に情報操作、和平工作と同時に高みの見物をしている諸武将への裏工作と朝廷への根回し。さらに内情把握もある。
文官と言うのは武官には嫌われる。というのは先に述べた論功行賞は剣を持たぬ者によってなされるからだ。戦いもしないのに偉そうに、と思われても仕方がない。そして根回しなどの裏工作は、本来武官が卑怯だとして好まないからそういった侮蔑も負う。
だが絳攸の他に、一手に全てを引き受けられるような実力がある者がいないのが事実だった。
李絳攸はまだ三十路には少し遠いにも関わらず、鬼の頭脳と呼ばれ数々の戦に勝利をもたらしてきた。それは実際の戦いの場面でもそうであるし、政治の舞台でも次々に碁石を白から黒へと展示させていく見事な手腕だった。この頭の良さも嫉妬を買っているのだが、それは絳攸に言わせれば逆恨みだと一蹴したくなるものだ。
疲れるから甘いものは欠かせない。またパクリと饅頭に噛り付き、小さな文机の上の盆に積み上げられた饅頭をまた一つ手に取った。
それに再び歯を立てると思いきや、だらりとした姿勢のまま絳攸は饅頭を手鞠の様に閉じられた天幕の出入り用の布に向かって投げつけた。
捲られた天幕の出入り口で、一つの手がその饅頭を受け止めた。今は猩々緋と濃紺が染め抜かれた陣羽織は着ていなかった。
「随分な挨拶だね、絳攸」
「何用だ、藍楸瑛」
優雅に饅頭を口に運ぶ楸瑛は、「うん、甘い」と呟いた。
楸瑛はふらりとやってきて特に用がないのに長居していく。今回も絳攸の迷惑そうな素振りを無視して横へ腰かけた。何気ない動作ながら楸瑛が周囲の気配を読んだのに絳攸は気付き、饅頭の山へ食べかけを戻そうとした手からそれを奪い取り、口の中に放り込んでむしゃむしゃ食べた。
「誰も潜んでいないぞ」
「そのようだ。これじゃあ潜みようがない」
絳攸の天幕は、およそ高級役人が使用するものとは思えぬほど粗末なものだ。骨格もあらわで、隠れるところがない。子供ほどの体重が掛れば倒壊するようなボロは、手薄に見えて忍びだろうと近寄れない手強い空間を作っていた。
絳攸は諦めて書を机に見開きのまま置いた。
「こんな夜中に俺の所へ来るなど、軽率な行動はよせ。よからぬ憶測を生むぞ」
「今更遅いのは君も知ってるだろ。見られたって何も変わらない。君と私の仲は驚くことに敵軍中にも知れ渡ってる」
「――お前が俺に賄賂を渡して将軍の地位を金で買っている、という馬鹿馬鹿しい奴か」
下らんと吐き捨てた絳攸に、楸瑛は苦笑した。賄賂の類が大っ嫌いなのがこの李絳攸だというのを知らないのか。
「お前の戦いっぷりを見て尚そんな戯言を垂れ流すような実力も解らん奴らは、兵士失格だな。軍の質が落ちる。どんな稽古をしてるんだか」
「手厳しいね。戦いを挑んでこないから打つ手がないのは鬱陶しくて、偶に意地悪したくなるけど」
「真っ向から勝負を挑まない奴らなどくそ喰らえだ。蛙以下」
楸瑛は思わず声をあげて笑った。
普段から裏で手をまわして周囲の反感を買っているせいか、絳攸が一番正々堂々といったことに厳しい。
勿論実力故の地位だが優秀な者はどうしたって悪意を買う。嫌がらせくらいで屈する楸瑛ではないが、卑怯な輩を気持よく罵ってくれる絳攸にすっとした。
そこへ「夜分遅くに失礼」と大声が響き渡った。絳攸は誰何すると、楸瑛同様自陣の武将四人の名が告げられた。絳攸はどうする、と目くばせするが隠れようがない楸瑛はそのまま頷いた。
「入られよ」
短く応じると幕が開けられ、巨体の武人が略式の挨拶をして、勧められもしないのに二人に向かい合うように座った。絳攸の顔が曇ったのに楸瑛は気付いた。
粗末な天幕に六人も人間が詰めかければ、窮屈だ。そのうち絳攸以外の五人が武官となれば暑苦しくってたまらない。絳攸の考えを読んだ楸瑛は、吹き出しそうになるのを腹筋に力を入れてこらえた。
「こんな夜中に仰々しい。明日ではいけないのか?」
「藍将軍を受け入れているではありませぬか」
暑苦しい髭面の歴戦の武将は、得意そうな顔を浮かべている。疾しいところがないなら居座っても構わないだろう、と脅しているつもりなのだ。溜息が出た。
「コイツの艶談には飽き飽きしているところでした。まあいいでしょう。用件を伺います」
「実は、陣羽織のことでご相談があります」
「陣羽織、ですか?」
楸瑛が視線の端でピクリと僅かに動いたのが解った。
「ええ。あの猩々緋と濃紺の」
「劉輝様が下賜したあれですか?」
四人は力強く頷いた。雲行きが怪しくなっていくと同時に、絳攸の機嫌も急降下していく。
「それがどうかしたのです?」
「僭越ながら申し上げます。あれは藍将軍には荷が重いかと思われます」
眠そうな二重の男がきっぱりと言った。
絳攸はこの時、あまりのくだらなさに舌打ちをしなかった己をほめたくなった。同時にこうなると読んでいたに違いないのに涼しい顔して座っている楸瑛が憎いが、もっと憎いのは目の前の筋肉の塊たちだ。
猩々緋と濃紺の陣羽織は主君が陣営の中で最も強い者に下賜するのが決まりがある。受け取った者は先陣を切って敵陣に乗り込む栄誉ある役目を仕る。つまり若輩者の楸瑛が腕図一、勇猛果敢として目立つのが、年寄は気に食わないというだけの話だ。
「あれは主上が贈られるものです。そのことを私に云々言われても困ります」
「しかし劉輝様は絳攸様に相談せよ、とおっしゃられました故」
――絳攸、頼んだぞ。
そう聞こえた気がして、絳攸は眩暈がした。
「あなた方の仰りたいことは承知しました」
ズイと大きな顔が迫るのが鬱陶しいが、顔に出すのをどうにか耐え、さらりと言った。
「あなたたちも陣羽織を着ればいいでしょう」
息を呑む音、唸り声。楸瑛の口笛でも吹きそうな顔。
「し、しかしあの陣羽織は主上より下賜されるもので」
「私が主上にとりなします。裁量を許されているのですから、心配御無用」
この鬼の頭脳はやると言ったことはやる。
あの陣羽織を付けるとなれば、否が応でも競って一番の武功を挙げなくてはならない。とんでもないことになったぞと困惑気味の武将たちを余所に絳攸はさっさと立って、「どちらに?」と慌てる男たちに「主上の元へ」と一言。去っていった。楸瑛も暑苦しい男たちに囲まれるのは懲り懲りなので、混乱に乗じて退散した。
翌日、出陣には猩々緋と濃紺の陣羽織を着た六人の武将が我先にと馬を走らせる光景は、大いに自陣営の士気を挙げ、大勝利へと導き、戦の終焉に結びつけることが出来た。論功行賞の調査をしていた絳攸は、その五人の武将の中で飛びぬけて武功を挙げた腐れ縁が再び天幕の外に立ってる気配を察知し、饅頭を投げつけた。
*****
隆慶一郎「一夢庵風流記」ネタ。
本当に自分の力のなさが口惜しいです。
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絳攸は天幕中で煌煌と明かりを照らし、足を崩して脇息に寄りかかりながら行儀悪く饅頭を貪りながら、片手に書を携え目を通していた。文字が松明の落とす強い光と陰で自在に伸縮して読み辛いのも気にせず、大口を開けて饅頭を再び頬張り、もぐもぐと口を動かした。
戦中の本陣にあって、文官の絳攸の仕事は実は多い。
戦後の論功行賞のため戦功を調べ上げるのはもとより、参謀として作戦を立て補給を管理し、情報収集に情報操作、和平工作と同時に高みの見物をしている諸武将への裏工作と朝廷への根回し。さらに内情把握もある。
文官と言うのは武官には嫌われる。というのは先に述べた論功行賞は剣を持たぬ者によってなされるからだ。戦いもしないのに偉そうに、と思われても仕方がない。そして根回しなどの裏工作は、本来武官が卑怯だとして好まないからそういった侮蔑も負う。
だが絳攸の他に、一手に全てを引き受けられるような実力がある者がいないのが事実だった。
李絳攸はまだ三十路には少し遠いにも関わらず、鬼の頭脳と呼ばれ数々の戦に勝利をもたらしてきた。それは実際の戦いの場面でもそうであるし、政治の舞台でも次々に碁石を白から黒へと展示させていく見事な手腕だった。この頭の良さも嫉妬を買っているのだが、それは絳攸に言わせれば逆恨みだと一蹴したくなるものだ。
疲れるから甘いものは欠かせない。またパクリと饅頭に噛り付き、小さな文机の上の盆に積み上げられた饅頭をまた一つ手に取った。
それに再び歯を立てると思いきや、だらりとした姿勢のまま絳攸は饅頭を手鞠の様に閉じられた天幕の出入り用の布に向かって投げつけた。
捲られた天幕の出入り口で、一つの手がその饅頭を受け止めた。今は猩々緋と濃紺が染め抜かれた陣羽織は着ていなかった。
「随分な挨拶だね、絳攸」
「何用だ、藍楸瑛」
優雅に饅頭を口に運ぶ楸瑛は、「うん、甘い」と呟いた。
楸瑛はふらりとやってきて特に用がないのに長居していく。今回も絳攸の迷惑そうな素振りを無視して横へ腰かけた。何気ない動作ながら楸瑛が周囲の気配を読んだのに絳攸は気付き、饅頭の山へ食べかけを戻そうとした手からそれを奪い取り、口の中に放り込んでむしゃむしゃ食べた。
「誰も潜んでいないぞ」
「そのようだ。これじゃあ潜みようがない」
絳攸の天幕は、およそ高級役人が使用するものとは思えぬほど粗末なものだ。骨格もあらわで、隠れるところがない。子供ほどの体重が掛れば倒壊するようなボロは、手薄に見えて忍びだろうと近寄れない手強い空間を作っていた。
絳攸は諦めて書を机に見開きのまま置いた。
「こんな夜中に俺の所へ来るなど、軽率な行動はよせ。よからぬ憶測を生むぞ」
「今更遅いのは君も知ってるだろ。見られたって何も変わらない。君と私の仲は驚くことに敵軍中にも知れ渡ってる」
「――お前が俺に賄賂を渡して将軍の地位を金で買っている、という馬鹿馬鹿しい奴か」
下らんと吐き捨てた絳攸に、楸瑛は苦笑した。賄賂の類が大っ嫌いなのがこの李絳攸だというのを知らないのか。
「お前の戦いっぷりを見て尚そんな戯言を垂れ流すような実力も解らん奴らは、兵士失格だな。軍の質が落ちる。どんな稽古をしてるんだか」
「手厳しいね。戦いを挑んでこないから打つ手がないのは鬱陶しくて、偶に意地悪したくなるけど」
「真っ向から勝負を挑まない奴らなどくそ喰らえだ。蛙以下」
楸瑛は思わず声をあげて笑った。
普段から裏で手をまわして周囲の反感を買っているせいか、絳攸が一番正々堂々といったことに厳しい。
勿論実力故の地位だが優秀な者はどうしたって悪意を買う。嫌がらせくらいで屈する楸瑛ではないが、卑怯な輩を気持よく罵ってくれる絳攸にすっとした。
そこへ「夜分遅くに失礼」と大声が響き渡った。絳攸は誰何すると、楸瑛同様自陣の武将四人の名が告げられた。絳攸はどうする、と目くばせするが隠れようがない楸瑛はそのまま頷いた。
「入られよ」
短く応じると幕が開けられ、巨体の武人が略式の挨拶をして、勧められもしないのに二人に向かい合うように座った。絳攸の顔が曇ったのに楸瑛は気付いた。
粗末な天幕に六人も人間が詰めかければ、窮屈だ。そのうち絳攸以外の五人が武官となれば暑苦しくってたまらない。絳攸の考えを読んだ楸瑛は、吹き出しそうになるのを腹筋に力を入れてこらえた。
「こんな夜中に仰々しい。明日ではいけないのか?」
「藍将軍を受け入れているではありませぬか」
暑苦しい髭面の歴戦の武将は、得意そうな顔を浮かべている。疾しいところがないなら居座っても構わないだろう、と脅しているつもりなのだ。溜息が出た。
「コイツの艶談には飽き飽きしているところでした。まあいいでしょう。用件を伺います」
「実は、陣羽織のことでご相談があります」
「陣羽織、ですか?」
楸瑛が視線の端でピクリと僅かに動いたのが解った。
「ええ。あの猩々緋と濃紺の」
「劉輝様が下賜したあれですか?」
四人は力強く頷いた。雲行きが怪しくなっていくと同時に、絳攸の機嫌も急降下していく。
「それがどうかしたのです?」
「僭越ながら申し上げます。あれは藍将軍には荷が重いかと思われます」
眠そうな二重の男がきっぱりと言った。
絳攸はこの時、あまりのくだらなさに舌打ちをしなかった己をほめたくなった。同時にこうなると読んでいたに違いないのに涼しい顔して座っている楸瑛が憎いが、もっと憎いのは目の前の筋肉の塊たちだ。
猩々緋と濃紺の陣羽織は主君が陣営の中で最も強い者に下賜するのが決まりがある。受け取った者は先陣を切って敵陣に乗り込む栄誉ある役目を仕る。つまり若輩者の楸瑛が腕図一、勇猛果敢として目立つのが、年寄は気に食わないというだけの話だ。
「あれは主上が贈られるものです。そのことを私に云々言われても困ります」
「しかし劉輝様は絳攸様に相談せよ、とおっしゃられました故」
――絳攸、頼んだぞ。
そう聞こえた気がして、絳攸は眩暈がした。
「あなた方の仰りたいことは承知しました」
ズイと大きな顔が迫るのが鬱陶しいが、顔に出すのをどうにか耐え、さらりと言った。
「あなたたちも陣羽織を着ればいいでしょう」
息を呑む音、唸り声。楸瑛の口笛でも吹きそうな顔。
「し、しかしあの陣羽織は主上より下賜されるもので」
「私が主上にとりなします。裁量を許されているのですから、心配御無用」
この鬼の頭脳はやると言ったことはやる。
あの陣羽織を付けるとなれば、否が応でも競って一番の武功を挙げなくてはならない。とんでもないことになったぞと困惑気味の武将たちを余所に絳攸はさっさと立って、「どちらに?」と慌てる男たちに「主上の元へ」と一言。去っていった。楸瑛も暑苦しい男たちに囲まれるのは懲り懲りなので、混乱に乗じて退散した。
翌日、出陣には猩々緋と濃紺の陣羽織を着た六人の武将が我先にと馬を走らせる光景は、大いに自陣営の士気を挙げ、大勝利へと導き、戦の終焉に結びつけることが出来た。論功行賞の調査をしていた絳攸は、その五人の武将の中で飛びぬけて武功を挙げた腐れ縁が再び天幕の外に立ってる気配を察知し、饅頭を投げつけた。
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