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No.307
2012/08/05 (Sun) 23:20:35

拍手ありがとうございます!

サガンの「悲しみよこんにちは」読了。ずっと読んでみたかったけれど、後回しになっていた一冊。
面白かったです。文体から漂う主人公の少女らしさと回想的な場面での大人っぽさ、そして悲しさが好きでした。

小話を折りたたんでおきます。あ、「悲しみよ~」とは関係がないです。

* * *

日常っていうのはいつだって突然壊れる。
絳攸は片方の手で頬杖をして開いた手で団扇を握り、パタパタとやる気なく風を送った。

日常っていうのはいつだって突然に壊れるから――心の準備ができていない人間にとってはひどく厄介だ。
本日の最高気温36.6度、都心でこの夏初めての猛暑日を記録。現在の室温はわからないが、じっとしていても汗ばむ陽気だ。
そんな日に限ってエアコンが故障したのは、不幸としか言いようがない。
そんな日に限って腐れ縁の男が暢気な顔をして何の約束もなしに襲撃してきたのだから、たまったものじゃない。
そんな日に限ってそいつが風邪をひいていたとなると、閉口するしかない。

普通に笑って酒を美味しそうに飲んでいたのに、そのわざとらしさがどこかいつもと違って。気付いてしまった。
――お前風邪ひいてるだろう?
一瞬誤魔化そうとした楸瑛に強い視線を送ると、失敗したという顔をした後力のない笑みを向けた。
――バレた?
――こんな蒸し暑い部屋で酒なんて飲んでないで帰って寝ろ。
――それが困ったことに動けないんだ。
指摘されて隠さなくていいと気が緩んだからか、楸瑛からいつもの覇気が消え失せ途端にぐったりした。瞳が酒のせいだけじゃなく潤んでいる。声だって力がなくて擦れた。
絳攸は慌てて楸瑛の額に触れると、それすらも苦痛なのか楸瑛は顔をしかめた。
熱い。人が発熱している時の体温は、障る側にもどこか痛みを与える。
こんな日に出かけてきて辛いと一言も漏らさない楸瑛に、怒鳴りそうになるのを抑えて絳攸は水と薬を用意した。それくらいしか出来ないのがもどかしい。
――済まない。
――本当にそう思うなら今すぐ飲んで寝ろ。
何で来たんだ、と思ったのを見透かしたように楸瑛はぽつりと言った。
――少しだるいな、とは思ったけど少しじゃなかったみたい。
無理して笑おうとするから、水が入ったコップと薬を突き出してやった。申し訳なさそうな顔を無視して、楽なスウェットに着替えさせ、ベッドまで案内して寝るように言う。カーテンを閉めて室内を暗くすれば、しばらくしてから苦しそうな寝息が上がった。

絳攸は背中に扇風機からの風を受けながら、惰性のようにパタパタと団扇で寝込んでいる楸瑛に風を送り続けた。扇風機の首を固定して楸瑛に向ければそれすらも「痛い」と言い出す始末だから仕方がない。ずっとついていることは出来ないが、様子を見に来た時くらい少しでも楽になるようにすべきだろう。なるべく柔らかい風を送るように心がけて、安らかとは言えない顔を見つめた。前髪が汗で額に張り付いている。
ボンボン育ちで人に世話されることは慣れてるはずなのに、最後まで絳攸には居心地悪そうな顔をする。
馬鹿野郎、と心の中で呟いた。頼ってくれて構わないのに。態々ここまで来てそれはないだろう。
お互い独り身で気楽だと笑いあっているけど、時々世界に取り残されたような気分になる――のかもしれない。少なくとも絳攸は諦めとそれによって生じるせつなさや渇望が腹の中にたまり、時々胸の中に空洞を作る。
楸瑛の額に滲む汗を見つめた絳攸は、頬杖を止めて少し身を乗り出す。濡れタオルで額や首筋をぬぐった。
その刺激に、楸瑛の睫毛が震えて薄目で絳攸の姿を確認すると、解らないほど僅かに口元をほころばせてまた眼を閉じた。
正面からじっくりとその顔を観察する。苦しげな顔まで整っているとは嫌味な奴だと思うが、全く嫌いじゃない。
熱い息が絳攸の頬に当たる。熱のせいでかさついている唇から眼が吸い寄せられて離せない。このままキスしてしまおうか、と誘惑に駆られた。覆いかぶさるようにして少しぎこちなく距離を埋めようとすると。
絳攸の前髪がかかる至近距離で、突然ぽっかりと漆黒がのぞいた。絳攸は慄いてとっさに言い訳を考えた。汗を、そう汗をぬぐおうとしたんだ、と頭の中で何度も何度も言うが声に出すことは何故だかできない。
「本当はね、絳攸」
何でこんなに絳攸の顔が近くにあるのか考えが及ばない楸瑛が、ややぼんやりとした瞳を向けた。
あ、これうわごとだから、と実際うわごとを言う奴が口にしないような言葉を加えて。
「苦しくて、少し心細かった」
だからありがとう、と言い終わると楸瑛は再び寝入った。
ギュッと団扇を握りしめた。
喉がひどく乾く。胸中で暴れまわる声を抑え込むために、絳攸は唇を噛みしめた。
この男が好きだ。どうしようもなく好きだ。
――それでも日常を壊す勇気が絳攸にはない。楸瑛から未来を取り上げることは、どうしても出来ない。


*****
風邪引きネタはいつか書きたいと思っていたので、念願(?)達成。
扇風機の風が痛い風邪を実際去年の夏に引きまして、炎天下の中スーツ姿でジャケットを羽織り歩き回っても汗ひとつかかず、帰り際ウィ○ーインゼリーを買って家で飲んで(栄養摂取)薬飲んで、ソッコーで寝付きました。そういう時に限って夕飯がハンバーグで、食欲なんて1ミクロンもなかったけど、何も食べないのはまずいだろうと無理やり一口食べて、ごちそうさま。そうやって食に関する思い出にスウィッチします(笑)。この風邪のせいとまあその他いろいろあり、その数日後にハスキーボイス全開になりました。去年の夏の思い出です。

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